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物語 - 一世関係 58 - 柳 行 李 泉 喜代子 |
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柳 行 李 泉 喜代子
柳行李の写真 愛のお荷物といっても子供のことではない。柳行李。(やなぎごうり)竹や柳を編んで作った昔の和製のトランクのことである。流行遅れ、足手まといになるからといって捨てるには気がとがめる。おばあさん、そしておかあちゃんの時代さんざん世話になり、どこへ行くにも一緒だった。それには情(じょう)がいっぱい移っているだけに始末に困る。便利で長持ち、ぎゅうぎゅう詰め込めばぱんぱんふくらむ。伸縮自在でどこの家庭でも重宝がられた。荒縄で縛られ、どんな乱暴に扱われても耐えた。 それは又、行李一つで上京した明治時代の書生っぽや苦学生のバンカラにマッチして絵になった。私の祖父母は行李一つでアメリカに移住した。テレビ番組おしんのような働き者で、ぞの行李のかぶせふたは赤ちゃんの揺り籠にもってこいだった。ブランケットを中にしき、おんぶしていた赤子を寝かしつける。おくれ毛をそっとかき上げほっとした表情を見せる母親は、子守を行李に任せて安心してストロベリーの畠で働き続ける。美しい広大な風景だ。初期一世移民の子供は、瑞穂の国の行李が育てたと云える。多少貧乏たらしい趣は、余計日本情緒をかき立てた。時代は移り変わる。遠い昔、祖父母が働いていたストロベリーファームは今シアトル市郊外のベレビュー市の一番にぎやかな所になっている。ノスタルジアを追い求めて昔を偲ぶ。 行李は日系移民百年余りのいきた証人である。1890年頃に早くも日本語雑誌(「蒸気船」「東雲」「新日本」など)が誕生している。口絵を描いていた青木露斎のポンチ絵にも行李があった。移民としてアメリカの土を踏んだものの「さて何をしようか」と行李に腰掛けて遊び半分でダンディな服を着た男の様子が面白い。今の学生と変らない人間はその頃から居た様子だ。 行李を見ていると、日系移民の苦労貧乏物語を想起させる。かなりいたんだ行李、中身は残高ゼロの預金通帳とかで、ろくなものしか入っていなかったろうと勝手に想像する。この行李は、戦時中は日系収容所までついて廻ったに違いない。そんなことに思いをめぐらしている時、はっと息を呑んだ。柳行李には、まだ辛い任が課せられていると思い当たったからだ。過ぎ去った過去を内に込めて、しっかりふたをして消えないように残していく。それが、宿命というより行李に与えられた最後の奉公なのではなかろうか- - - - 。 季刊詩誌 「短調」105号 2015年11月印刷 泉喜代子 「柳行李」より
一世パイオニア資料館
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