利ちゃんが日本に行くとさあ。僕驚いちゃった。本当に行くのかしらん。きっとだよ。お母様が言ったんだから。僕のお母様は、決してうそなんか言はないんだから。
日本てどんなとこ。僕はまだベビーの時に此方へ来たのだから、日本のことは少しもしらないけれど、去年日本から帰って来た叔父様が言ってゐたよ。
日本といふところは、大きな海の中に一つぽっくり舟のやうに浮いてゐて、その上に舟が沈むほど沢山の人が乗ってゐるのだと。だから少し波がくると、すぐ舟がぐらついて大勢の人が海の中へ落ちて死ぬるのだって。
舟の中には食うものや着るものが少ないので、アメリカ帰り様アメリカ帰り様って皆が寄ってたかって、ハットも洋服も靴もみな奪ってしまふんだって。
利ちゃんよ、気をつけよ。これからだんだん寒くなるのに、洋服や靴を取られちゃ風邪をひくからね。風邪は万病の元だってお父さまがいってゐたよ。
余り皆がいじめるやうだったら、直ぐまたアメリカへ帰っておいで。アメリカに居れば洋服や靴を取られる心配はなく、またサンデーにはロースチキンのやうなおいしいものも食べられるんだからね。
利ちゃんが再び渡米するやうになったなら、僕はきっと必定お迎へに出るよ。その時、利ちゃんはまさか裸で居らぬだろうね。
(大北日報 掲載 シアトル 1920年代)
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